xharukoの日記

妊娠、出産、育児の中で思った事をつれづれ書きます

子がギャン泣きの時、私は声をかけて貰えた方が嬉しい

見知らぬ男性の無神経な一言に衝撃…2歳児連れた元局アナ、「新米ママだったら」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181129-00000136-dal-ent


岡山放送のアナウンサーでタレントの魚住咲恵さんが生後半年の次男が風邪を引いたので2才の長男と病院に連れて行ったその帰り、機嫌が悪くてずっと子どもが泣いていた時に男性に声をかけられたのだそう。
記事を抜粋すると、

 魚住は「いつものことなので」と冷静に受け止め、「分かるよーー、やだねぇ。。お薬もらいに行って、ご飯食べようねー」などとなだめていたという。すると「知らないおじさんが話しかけてきました」と記した。男性は「どうしたの!?何で泣いてるの??」と問いかけ、魚住が「なんででしょうね、気に入らないことがあるんだと思いますー」と返答した。すると男性は「まさか、虐待じゃないよねぇ」と、よもやの言葉を放った。魚住は「ちょっと!変なこと言うのやめてください!!」と怒り気味で応じたという。

魚住さんは一人目のお子さんの時に「子どもは特に意味は無くても泣く」と経験していたので知らないおじさんの虐待発言にも動揺せず強気で言い返したそうですが、これが一人目育児の人が言われていたらと思うと「最悪」と綴ったそうです。

確かに親の心子知らず、どんなに適切な世話をしようと子どもは不意に不機嫌になる生き物です。泣かせまいと必死になればなる程に、自分の育児に自信がなくなり親は精神的に追い詰められ余裕が無くなります。
おじさんの「まさか、虐待じゃないよねぇ」は、頑張って育児をしているのに理想の育児が出来ていないと思っている親にとってあまりにも残酷な発言です。
今回はお子さんが「お腹もすいてきたし、鼻水吸いが気に入らなかったし、公園で遊びたいしで、病院を出てから、ずっと大泣き!!!」だったそうなので、体調不良の子どもが心配だった事も魚住さんの心の余裕を奪っていたでしょう。だからこそ虐待かと問われた時に「あはは、まっさかー」などと軽くあしらう事が出来ずに「ちょっと!変なこと言うのやめてください!!」と怒りを表したのだと思います。

先日、私は二才になる息子が大泣きして私の行きたい方向へ歩いてくれなくなったので、息子を担ぎ上げて歩きました。上の子を幼稚園に送った帰り道なので朝の9時頃の事です。洗濯機がそろそろ停止するので帰宅したい私に対し、息子はもっと外を歩きたいと、自宅とは違う方向へぐいぐい私を誘導しようとしていました。仕方なしに息子を担ぎ上げると、その泣き声は住宅街によく響きました。
そこへたまたま遭遇した年配の女性に声をかけられたのです。
「男の子は大変ねぇ」

人によってはカチンとくる言葉だったかも知れません。女性の言い方や表情が嫌みな感じで言われていたならば傷つく人もいるでしょう。しかし女性は苦笑いをしながら話しかけてくれたので、私に同情的だと分かりました。私はその女性に話しかけられた事によって息子の大泣きの理由を周囲に言い訳ができると心が軽くなりました。
息子の泣き声に消されないよう、周囲の住宅にいる人にも聞こえるよう、いつもよりも大きな声で
「そう、自己主張してくる年になったので大変です」
(だからご近所さん、今だけだから目をつぶって下さい)
と答えました。知らない人から声をかけられた事に驚いたのか息子もしばらくはおとなしくなってくれ、無事に帰宅しました。そして帰宅すると息子は靴を脱がせて欲しいとアピールし、機嫌よく家の中に入って行きました。帰りたくなかったんじゃないのかよ、と突っ込んだのは言うまでもありません。

魚住さんが遭遇した男性は本当に虐待だと思った訳では無いと思います。おそらく虐待だと思っていないからこそ茶化す意味でその言葉を使ったのでしょう。
子どもを産んでから気付いたのは、年配の男性は私が思っていた以上に小さい子どもに好意的な人が多いという事です。勿論小さい子どもを苦手とする男性もいますが、年配の女性が他人の子を可愛がる幅よりも、年配の男性は可愛がりの振り幅が大きい印象でした。私の子どもたちを笑わせてやろうと変顔を披露してくれたり、あれこれ話しかけてくれたりするのは殆どが年配の男性でした。子どもが苦手なのだろうなと思われる年配男性はもちろん素通りです。
これらの経験から魚住さんが出会った男性は、子どもが大泣きして困っているお母さんを助けようとしたのではないかと思うのです。そうでなければうるさいと怒鳴り付けるか、無視していたでしょう。ただ唯一の残念な点は言葉の選び方が極端だった事です。
男性は年を取ると思った事がつい口に出てしまうのだと、NHKチコちゃんに叱られる!」で親父ギャグの回で説明されていました。若い男性は親父ギャグを思い付いても状況を精査して口にしない理性が働くが、年を取ると抑えが効かなくなるのだと。したがって「まさか、虐待じゃないよねぇ」は男性渾身のギャグだったのではないかというのが私の記事を読んだ印象です。

子どもが大泣きしている時に遠巻きから迷惑だと目で訴えられるよりも、私は声をかけて貰えた方が嬉しいです。
うるさいと怒られた時には「すみません」と謝罪する事でついでに周囲にも申し訳ないなと私が思っている事を伝えられます。
大変ねと同情された時には何故子どもが泣いているのか、声を大きくして言い訳が出来ます。
もし誰も話しかけてくれなければ独り言で「そんなにお散歩したいの、でも母さんは洗濯物を干したいから帰りますよ」と言うしか無くなります。会話ができる年齢に子どもが育つまで親は殆どの発言が独り言です。育児歴が短い人はなかなか独り言にしかならない言葉は家庭外では口に出しにくいかと思います。
私は声掛けしてくれた女性と別れた後に言葉を発する、つまり独り言を口にする精神的なハードルが下がったので、何度か上記の独り言を道路沿いのお宅に聞こえるように言い、おかげで大泣きの息子を抱えて歩く罪悪感から心が軽くなりました。

子どもが大泣きしている親子連れを見かけたなら周囲の人は声掛けをする。好きの反対は無関心。好意だろうが、そうで無かろうが、あなた方に関心を持っている人がいますよと知らせる事が、子育てを孤育てから解放するのではないかと思います。


でも怒鳴られたら私も泣くかも知れません…