xharukoの日記

妊娠、出産、育児の中で思った事をつれづれ書きます

「いつか」は来ない

私が何か行動を起こす時に、ふと思い出す言葉があります。それは「たい焼きの頭と尻尾はくれてやれ」。
「ビッグマネー!~浮世の沙汰は株しだい~」という2002年にフジテレビで放送されたドラマの中で、植木等さんが演じた伝説の相場師が主人公に株取引の極意を教えた場面で出た言葉だったかと思います。
株取引とは基本的に安い値段の時に買い、値段が上がった時に売るものです。しかし、より利益を出すべく株価が一番安い時や一番高い時を狙おうとすると損をする事もあります。だからこそ上手な相場師は一番安いと思われる値段の一歩前で買い、一番高いと思われる値段の一歩前で売るのだと。
直近で私の頭に「たい焼きの頭と尻尾はくれてやれ」がよぎったのは、実は夫から結婚を申し込まれた時でした。

交際していた訳でもない相手から「好きです、付き合って下さい」の言葉よりも先に、ある日突然「結婚して下さい」と言われた私にとって、夫からのプロポーズは寝耳に水の話でした。
女の価値は様々な条件によって変わると思います。それは年齢であったり見た目、服装や持ち物、仕草、学歴、収入など見る人によって様々でしょう。その時の私は、夫から求婚された今こそが自分の「売り時」だと思いました。
お付き合いすらしていなかったのですから、私にはもっと相応しい男性が今後現れると突っぱねる事も可能でしたが、このタイミングで来た縁談話に乗らなければ、これ以上の条件の男性との縁は今後の私には無いだろうとも思ったのです。

そんな数年前の出来事を思い出したのは以下の記事のタイトルを目にした時でした。

「もっといい人がいるはず」が、30代の結婚を遠ざける。
https://madamefigaro.jp/culture/feature/190130-mariage.html


ドキュメンタリー『It's Complicated(イッツ・コンプリケイテッド)』の監督、ノエミ・マヨドンとミリ・パチュレルのふたりに話を聞いた。

(中略)

マヨドン:私たちは未来のパートナーに対して、過大な期待を抱いていると思います。現代社会では、私たちには何千、あるいは何百万という可能性が与えられています。大都市に住んでいる場合はなおさらです。

(中略)

パチュレル:また、改めて言うまでもありませんが、私たちは理想の結婚相手という幻想に囚われています。そのため、新しい人と出会うたびに、隣の芝生は青いとか、次こそいい出会いがあるに違いない、と思ってしまいます。恋愛に限らず、何をする時でも同じです。私たちは、自分が持っているものに満足できない世代なのです。

現代の若者の結婚離れの原因は、収入面の厳しさもあるのかも知れませんが、出会いの可能性が広がった為でもあるのではないかと思います。繋がる気になれば有名人ともSNSで繋がる事ができ、誰かと出会いたいと思えばアプリで条件を絞り探す事も可能になりました。だからこそ目の前にいる中からは選ぼうとせず、「いつかもっと良い人が現れるかも知れない」との希望が消えないのではないかと思うのです。

私の結婚を妥協と感じる人もいるかと思いますが、年収が何千万円だったり社会的地位が高い職業だったりするような「最高の物件」では無いにしろ、私が望める範囲の中では夫は「普通」以上ではありました。夫も私以上に見た目などが好ましい女性は他にもいたかも知れません。しかし結婚して数年、今のところお互いがお互いの決断に満足しています。

先に挙げた記事ではこのような事も記されています。

パチュレル:ソーシャルネットワークの時代には、カップルの理想化も起きています。インスタグラムをみれば一目瞭然です。天国のような海岸を背景に抱き合うカップル、こうしたものは演出であって、実際の人生とは違います。ですが、画像を見た人はそれを求めてしまいます。そうして手の届かないものを探し求め続けることになるのです。このような完全に作られた画像は、幻想を作り出すだけではありません。私たち自身の恋愛観を混乱させ、絶えず人と自分を比較するようになってしまいます。そこから生まれる感情は、カップルにとっても個人にとっても有害なものです。

スマホの恋愛ゲームで、デートの時に素敵なレストランでディナーを楽しんだ後に夜景を見に行き、そのまま高級ホテルのスイートルームに直行だったりする、女性にとって夢のような展開のデートプランを用意してくれる男性が登場するものをプレイした事があります(という事は男性はデート開始前からチェックインも済ませているという事か)。
そのゲームでは他にもクルージングディナーのシナリオの時もあれば、ヘリコプターでの夜景デートだった事もありました。庶民の私からすれば夢のようなデートです。
そのようなゲームをプレイしているうちに、このゲームのメインターゲットは何歳なのだろう、もし女子中高大学生がプレイしているのであれば「デートはこうあるべき」「自分もこういう男性をパートナーに選ばなければ」などと影響を受けはしないかと老婆心がうずきました。
白馬の王子様のような手の届かない相手の登場を期待するからこそ、身近にいる相手をパートナー候補とは見られなくなる事が晩婚化の一因でもあるのではないでしょうか。

確かに世の中にはインスタ映えするような素敵なデートに女性をエスコートしてくれる男性もいるでしょう。しかしその男性にも選ぶ権利はあります。白馬の王子様を望むのであれば、自分も王子様に見初められるレベルのお姫様である必要があると私は常々思います。
イギリスのウィリアム王子と結婚したキャサリン妃は元々の容姿と性格などで王子に見初められましたが、そもそも同じ大学に通っていたからこそ出会えたのです。更にその後は世間に交際を認められる為にかなりの努力をされたのだとテレビ番組で拝見しました。
以前にも書いたような気がしますが、高いステージにいる男性のパートナーになるには、自分も同じステージにいなければ、まず出会いの機会はないのです。王子様に探して貰いやすいレベルに到達できていなければ、自分の届く範囲内でパートナーを選ぶべきでしょう。
女性は自分の収入がそこそこでしかないのならば、男性の収入にも高望みをするべきではないと思います。男性に自分の生活レベルを引っ張りあげて貰う事ばかりを考えていては、なかなか最適な相手は見つからないと思います。

負け犬の遠吠えと言われようとも、クルージングディナーに憧れはするものの、自分が連れて行かれたいとは私は思いません。何より着ていく服がない(苦笑)。私は私のまま、私のレベルに合った夫との生活に満足しています。

結婚の後は長い長い日常が待っています。憧れは憧れのまま、男女とも地に足をつけてパートナーを探せば良いのではないかと思います。
「いつか王子様が」とは言いますが、殆どの女性に「いつか」なんて日はまず来ないのです。最高値を狙わず、そこそこのタイミングで手を打った方が損は少なくて済む場合も、世の中にはあるのではないでしょうか。