xharukoの日記

妊娠、出産、育児の中で思った事をつれづれ書きます

どのような経験も脳に影響を及ぼす

ヒトの脳は様々な経験により変形するらしい。女子高生コンクリート詰め殺人事件の被害者の脳は恐怖のあまり萎縮してしまっていたと読んだ事があります。また虐待を受けて育った子どもは、虐待の種類によって萎縮する部位が異なるらしいです。


虐待で「脳が傷つく」衝撃データ 2割近い萎縮も
https://search.yahoo.co.jp/amp/s/dot.asahi.com/amp/aera/2015042900017.html%3Fusqp%3Dmq331AQPKAFwAZgBh5-wwLHAluoZ

03年からの9年間、友田さんは米ハーバード大学と共同で、虐待と脳の関係を研究した。米国に住む18~25歳の約1500人を集め、その中から幼少期に虐待を受けた経験のある人とない人を対象に、知能検査と磁気共鳴断層撮影(MRI)検査を実施。虐待によって脳が傷つくこと、虐待のタイプによって傷つく部位が次の4パターンに分かれることを明らかにした。

(1)激しい体罰による前頭前野の萎縮──幼少期に激しい体罰を長期にわたり受けると、感情や理性をつかさどる「前頭前野」が約19%萎縮する。

(2)暴言虐待による聴覚野の拡大──幼少期に暴言による虐待を受けると、会話や言語をつかさどる「聴覚野」の一部が約14%拡大する。

(3)性的虐待による視覚野の萎縮──幼少期に性的虐待を受けると、視覚をつかさどる「視覚野」が約18%萎縮する。

(4)両親のDV目撃による視覚野の萎縮──幼少期に頻繁に両親のDVを目撃すると、視覚野の一部が約6%萎縮する。

その逆に、夢中になって経験したゲームで脳領域が発達したという記事を読みました。



幼少期にポケモンにはまった人は、脳に「特化した領域」が出来ている:研究結果
https://wired.jp/2019/09/08/brain-region-for-pokemon-characters/#galleryimage_510628-3637_1

子どものころ熱心にポケモンをプレイした人たちは、数百種のポケモンを区別することに特化した独自の脳領域を発達させている──。そんな論文が、2019年5月に学術誌『Nature Human Behavior』に掲載された。

(中略)

「わたしはポケモン世代です。このゲームでは何百種類もの似たようなキャラクターを区別することが、子どもたちにとってプラスに作用します」

さらに好都合なことに、ポケモンがプレイされる時期の多くは子ども時代で、脳の可塑性と経験への反応性がことさら強い「臨界期」にあたる。幼少期のゴメス自身のように、かつてポケモンに夢中になった人は、その経験に応じて新たな脳部位を発達させているかもしれないとゴメスは考えた。

(中略)

「わたしたちの脳は、これまで考えられていた以上に特定の対象物に特化した脳領域を発達させているというのが、今回の発見です」と、ゴメスは言う。「わたしたちを制約するのは脳そのものではなく、子ども時代にどれだけ多くの経験をできるかなのです」

ゲームが子どもの脳を「再配線」することを心配する親たちのために補足しておくと、ゴメスいわく、それなりの時間を費やした経験は何であっても脳に影響を与えるという。脳は新たな経験、特に幼少期の経験に対応して変化・適応できるように設計されているのだ。

「わたしが脳スキャンをしたポケモンプレーヤーのほとんどは、博士号をもっていたり、グーグルなどの大企業で働いたりしていました。ポケモンで遊ぶことに何らかの副作用があるという証拠はありません。みんなそれぞれに成功しています」とゴメスは語っている。


ポケットモンスター」に登場するモンスターは炎や水、草など様々な属性に分けられており、バトルではその組み合わせで有利不利が発生するそうです。
似たようなフォルムのモンスターも多数いる中で100匹以上のキャラクターを識別しなければならず、その為にプレイヤーは独自の脳領域を発達させるとの事。
ゲームはテレビ番組を観ている場合と異なり、自分で考え判断し、記憶しながら自分で進行させなければなりません。そうした動作も脳を発達させる刺激になるのでしょうか。

今回はポケモンに限った研究結果のようですが、同じような事は囲碁や将棋、百人一首などでも起こるのかも知れません。また鉄道が好きな人が電車を見てこれは○○型、と瞬時に理解するのも特定の対象物に特化した脳領域を発達させた結果なのかも知れません。

幼少期に時間をかけた経験は、それが例えゲームであっても脳に専用の処理領域が発現する。
「わたしたちを制約するのは脳そのものではなく、子ども時代にどれだけ多くの経験をできるかなのです」と研究者が言うように、脳の可塑性と経験への反応性がことさら強い「臨界期」に子どもに様々な経験させる事は、子どもの可能性をどんどん広げていくのでしょう。

ならば子どもに様々な経験をさせる事も親の務めなのだろうと思います。
しかしながら、私が住んでいる地域ではスケートが出来る場所までは車で一時間以上かかりますし、テニス教室を実施している場所までもかなりの距離があります。住んでいる地域によっては画塾がなかったり、サッカークラブがない所もあるでしょう。
子どもには無限の可能性があるというのに、物理的な原因で習わせられない、あるいは月謝を納め続ける事が困難で習い事をさせられないなど、親の都合で子どもの可能性の芽を摘んでしまう事は申し訳ないなと感じてしまいます。

先日自宅にポスティングされたピアノ教室の生徒募集のチラシを見た時には、ピアノで食べていける人なんてほんの一握りだし、と機会を逃してしまいました。
例え将来モノにならなくても、記事にあるように、子どもの頃の経験はきっと何かに繋がるのではないかと思います。残念ながら潤沢な教育費は我が家にはないので、私の可能な範囲で我が子には色々と経験をさせていこうと思います。

余談ですがこのポケモンで脳に「特化した領域」が出来ている、という記事に関して寄せられたコメントに個人的に興味深いものがありました。

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同じく視力は悪くなったけど、「セーブできるうちにこまめにセーブ」「データは消える前提でバックアップをとっておく」などなど、意外と社会人としての基礎力が磨かれたのでけっこう感謝している。

あと、「呪われた装備を迂闊に装備しない」も、「迂闊に添付ファイルを開かない」に繋がっている気がする。

自宅で出来るゲームでこういう経験が積めるなら、これはこれで有りかなと思いました。