xharukoの日記

妊娠、出産、育児の中で思った事をつれづれ書きます

私がこわいもの

とうとう小学校で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のクラスター(集団感染)が発生してしまいました。

富山市 小学校同じクラスの3人 新たに感染確認 新型コロナ
https://search.yahoo.co.jp/amp/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20200422/amp/k10012400161000.html%3Fusqp%3Dmq331AQTKAGYAZu10u_Uzs7bXLABIMABAQ%253D%253D

今のところはこの一件だけのようなので、これで学校が一斉に臨時休校となった意義が周知の事となったかと思います。我が家の上の子は今年小学一年生になりましたが、勉強の遅れや学校生活の慣れへの不安よりも健康の面が心配なので、私の住む地域にコロナウイルスが蔓延する前に学校が休校となって安心しています。下の子は幼稚園年少(満三歳)になったところですが、こちらは必要な保護者のみ子どもを登園させる事が出来る自由登園となっている為、我が家は登園を自粛しており、三年保育(満三歳、年少から入園)ではなく二年保育(満四歳、年中から入園)に申し込んだのだと割り切って毎日を過ごしています。

それはさておき、この新型コロナウイルスクラスターが小学校でも発生した事で私は嫌な想像をしてしまいました。それは、きっと当該市内では児童の個人名が晒されているのだろうなという物です。
もし我が子の小学校でクラスターが発生したのであれば何年生の子が発端だったのかは街でも噂になるでしょうし、保護者同士で連絡のやり取りがあれば個人名も流れてくるだろうと思います。
自分の夫がきっかけで我が子が感染し、我が子がウイルスを学校に持ち込んでしまったのだとしたら、賃貸住宅に引っ越してきたばかりの我が家は地域との関わりが薄く、上の子のクラスの保護者とも面識が殆ど無いので私個人への影響はあまり無さそうですが、在学している当人には効果覿面です。学校が再開されてからの我が子の居場所は教室の中に無くなってしまうのではないでしょうか。学年の八割がとある幼稚園の出身者で占められ、我が子と同じ幼稚園から進学した子がほんの数人しかいない小学校である為、我が子を庇ってくれるお友だちはいないだろうと思うのです。
私たちが住んでいる地域では幸いにも未だ新型コロナの感染者は出ていません。だからこそ、いつ何時、我が家の誰かがこの地域の感染者第一号になるか分からない事を私は恐れています。

そんな折に下記の記事を見つけ、私の心も少しだけ弱ってきている事を自覚しました。

ウイルスの次に「あいつ」がやってくる 日本赤十字社が警鐘、アニメで啓蒙
https://www.j-cast.com/2020/04/22384796.html?p=all

 日本赤十字社は2020年4月21日、「ウイルスの次にやってくるもの」と題した動画を公開した。

 新型コロナウイルスの感染拡大で起きる"真の恐怖"をアニメーションで伝え、視聴者からは「人の弱いところを気づかせてくれる」「今、必要なメッセージ」などと共感を集めている。

(中略)

「恐怖は、誰の心の中にもいる。だから励ましあおう。応援しあおう。人は団結すれば、恐怖よりも強く、賢い。恐怖に振り回されずに、正しく知り、正しく恐れて、今日、わたしたちにできることをそれぞれの場所で」

私が恐れている物は何なのだろう。
このまま休校や休園が続き、子どもたちが小学校や幼稚園の空気を感じられないまま成長する事だろうか?
教科の勉強は家庭で出来ても、学校でしか体験は出来ない事があると下記の記事にありました。

「長期休校」子どもたちと学校を襲う多大な喪失
https://toyokeizai.net/articles/-/345927?display=b


就学前に何らかの保育施設を経験しなかった子は、経験した子よりも将来の収入が低くなるという発表もどこかで読んだ事があります。子どもには、子どもの社会も必要なのに、このままそれを体験させてやれない事を私は恐れている?
コロナ禍が今年中に収束しない事は多くの研究チームが予測しています。このままいけば我が子は初めての小学校での運動会の経験が出来なくなってしまいますし、遠足にだって行けません。
私の子どもたちは今年度はどちらも小学一年生と幼稚園年少、つまり最初の学年なので、仮に今年度中の学校や幼稚園の行事が全て中止になったとしても子ども心にはさほど影響は無いように思います。しかし、高校三年生や中学三年生、小学六年生、幼稚園年長など、今年度が最終学年の子にとってはいかがでしょうか。それを想像する事はとても辛く、まさにその学年のお子さんと親御さん、先生方の気持ちを思うと、いち早いコロナ禍の収束を願うばかりです。

自分や家族が新型コロナウイルスに感染する事はとても恐ろしいです。軽症で済めば良いのですが、もし重症化でもしたらと思うと、子どもを散歩に連れ出す事にも躊躇してしまいます。
子ども、あるいは私が感染し、抱っこも許されず母子が隔離されてしまうかも知れない事も恐怖です。
しかしそれ以上に恐ろしい事は、あそこの家は新型コロナに感染したと近所から非難される事でしょう。コロナ禍が収束してもなお学校で子どもが虐められたならばと思うと、何がなんでも感染したくありません。

こんな事は、他の皆だって恐れている事だと思います。にも関わらず、「感染したかも知れない」というデマが拡がり、死亡説まで流れてしまった店主さんすらいらっしゃるそうです。

「加藤さんは死んだ」デマ 本人が怒りのチラシ2千枚
https://search.yahoo.co.jp/amp/s/www.asahi.com/amp/articles/ASN4T6SV0N4POIPE01V.html%3Fusqp%3Dmq331AQUKAGYAcuG6dOu3LqgsQGwASDAAQE%253D


自分がされたくない事は他人にもしない。それが分からない人がいる、という事が恐怖ですし、私も上記の記事のようなデマを育てる一員になってしまうかも知れない事も恐ろしいです。
自分が感染したくない、という気持ちは分かります。しかし、それで感染した人や感染したかも知れない人を攻撃したのでは、新型コロナウイルスの感染者はいなくなったとしても、コロナ禍はまだまだ続くでしょう。

今日、私に出来る事は感染しないように努める事。
噂を耳にしても拡散しない事。
新型コロナウイルスを正しく恐れる事。

恐怖と向き合い、理解し、手放す。
それが出来る自分になれれば良いなと思います。

次の節目まで

送る側と送られる側、この春はどちらがより、心残りになってしまったのでしょうか。
我が家の上の子がこの春に幼稚園を卒園し、小学生になりました。幸いながら私たちが住む地域では新型コロナ感染者の報告が0だったので、日程を早め、内容も簡略化されはしましたが卒園式が行われました。本当なら在園生にも見送られる所でしたが、我が子の園では在園生は事前に録音した声のみの出席でした。来賓が無く来賓挨拶の時間が削られた事はむしろ好運とすら思いましたし、保護者から先生方へ歌のプレゼントがサプライズで行われる手筈でしたが、それが無くなった事は音痴の私には好都合でした。
私にとっては初めての我が子の卒園式。先生方にとっては何回も経験している卒園式かとは思いましたが、担任の先生が園児の名を呼ぶ時に声にならず、数秒中断するなど、先生にとってもやはり卒園式は特別なものなのだという気持ちが伝わりました。だからこそ先生方は卒園生をもっと盛大に送り出したかったのかも知れませんが、少なくとも私や我が子にとっては十分満足のいく卒園式になりました。参列者はマスク必須でしたが、おかげで涙をこらえる為に私の口許が歪んでいた事を隠せました。
しかし、そう思えるのは我が家は子どもがまだ幼稚園児だったからなのかも知れません。今春、幼稚園の卒園式がきちんと出来なくても、これから先に我が子には小学校や中学校、高等学校の卒業式が待っているのですから。

子どもの卒業というものは子育ての大きな節目です。自分はこんなに大きくなるまで子どもを育ててきたのだと保護者が実感する大切な式典だと思います。だからこそ、この春に満足のいく卒業式が出来なかった子どもたちと、その親御さんたちの気持ちを思うと切なくなります。Eテレ「Eダンスアカデミー」7期生の卒業講演が無観客の中で行われた事には、時々しか視聴していなかった私ですら無念さに涙が出てしまいました。本来なら7期生には会場いっぱいの観客から拍手が贈られた筈なのに。
卒業式は「これで終わり」という明確な区切りです。それが無いままでは気持ちの切り替えが出来ず、宙ぶらりんのまま放り出されたような気持ちになってしまった人たちも少なくないのではないでしょうか。

それでも、ふと思う事があります。急な休校や卒業式が無くなった事で救われた人もいるのではないかと。春休みや新学期にこれまで所属していた集団と接触しない大義名分が出来て助かった人もいるのではないかと。
緊急事態宣言が全国に拡大され、5月6日まで休校のお子さんも増えたかと思います。例年、ゴールデンウィーク明けに子どもの自殺が報道される事がありました。子どもの自殺の原因は様々にあろうかと思いますが、もし学校の事が自殺の原因であるならば、今年はその件数がとても少なくなる事を期待します。
生命さえあれば、次があります。きちんとした卒業式がこの三月に出来なかったとしても、次の人生の節目がいずれやって来ます。しかしそれも、無事でいてこそ。
「家にいて良いんだ」
何の罪悪感も無しに家で過ごせる今だからこそ、家で出来る範囲ではありますが、その子らしさを獲得して欲しいと思います。

その一方で、自宅が安心できる場所ではない子もいるかと思うと心が締め付けられる気持ちになります。このコロナ禍において離婚やDV、虐待の件数が増えているとテレビニュースで報道されていました。
どうか、より多くの人が次の節目を笑顔で迎えられますように。それまでは、自分に出来る精一杯で過ごしていこうと思います。

とつきとおかの絆より

赤ちゃんは父親と母親、両方から人体の設計図(DNA)を半分ずつ貰って受精卵となり、その後は母親から酸素や栄養を供給され細胞分裂を繰り返し大きく成長していきます。
母親は受精前から数日単位でホルモン値が変動し赤ちゃんを育てる準備を進め、胎内に赤ちゃんが宿ってからはこれまで自身に蓄えていたカルシウムやら何やらを消費して赤ちゃんを育てます。いわゆる十月十日(とつきとおか)、母親は赤ちゃんを胎内で育て、出産してからは授乳などもあり密着の機会は父親よりも多い為、子育ては母親の役目とされてきました。
母親は赤ちゃんと、これだけ父親よりも長い期間一緒にいると言うのに。嫉妬にも似た感情が下記の記事を読んで沸き上がりました。

父親の食事は遺伝子レベルで子どもに影響。そのメカニズムとは?
https://trilltrill.jp/articles/1383028

研究グループは、動物実験によって親が摂取したたんぱく質の量に差をつけて、子どもの遺伝子の機能にどんな変化をもたらすかを分析しました。

こうしてわかったのは、父親のたんぱく質摂取が低レベルである場合に、子どもの肝臓の遺伝子に変化が見られ、このために新陳代謝に影響が及んでしまう可能性があるということでした。詳しく調べたところ、低たんぱく質の影響は父親の精巣の生殖細胞に現れていました。生殖細胞の変化は精子の変化に、さらに卵子との受精後、受精卵の変化につながります。結果、子どもの遺伝子にも影響するメカニズムが考えられました。

父親からの設計図も合わさって初めて受精卵になるのですから、父親からの遺伝の要素が赤ちゃんに出る事は当然なのですが、人によっては受精の時にしか関わらない父親からこんなにも影響を受けるものなのかと私は何だか悔しい思いに囚われてしまいました。
母親は妊娠するとあれを食べろ、これは食べるなと沢山の制限を受けます。私などは妊娠糖尿病のせいで糖質制限を受け、かなり窮屈な食生活を送るよう医師から指導されたものです。
身体も思うように動かせず、赤ちゃんという異物を攻撃しないよう免疫力も弱くなり、赤ちゃんを育てる為にすい臓ホルモンのインスリンの量が減るせいで自身の血糖値が上がりやすくなり、色素沈着や妊娠線(線状皮膚萎縮症)、胆汁の流れが悪くなるとひどい痒み(妊娠性掻痒症)にも母親の中には悩まされる人もいます。
ホルモンに振り回され生理に悩んだり、妊娠しやすい身体作りを心がけていたりする人も少なくないと思います。妊娠前も妊娠後も女性は頑張らなくてはならない事が多数あるというのに、男性は父親になる前の食生活が赤ちゃんの新陳代謝を左右させるというのは、女性として何だか面白くありません。十月十日(とつきとおか)の間に築き上げる母親と赤ちゃんとの絆よりも強い影響を父親は赤ちゃんに与えるのですから。

かつては「畑(女性)」の状態さえ良ければ子は授かれると思われていましたが、ここ近年は「種(男性)」の方も健康でなければならないと言われるようになってきました。
男性の中には自分の体調が赤ちゃんに影響を及ぼすものではないと油断して生活している人がいるかも知れませんが、自分の子どもの将来の新陳代謝能力を気にするのならば、ぜひ子作りの前から健康的な食生活を心がけるべきではないかと思いました。

小さい頃にいた神さま

子どもの頃から観ていた作品が、大人になってから改めて観ると見方が変わった、見落としていた点に気が付いた、という経験をお持ちの方は少なくないのではないでしょうか。私にとってはジブリ映画「魔女の宅急便」がそれに当てはまります。
子どもの頃からテレビで放送される度に録画もして観ており、物語の展開も結末も知っている、この作品。何なら私は子どもに、主人公キキの声優さんが作中で他のキャラの声もあてている事や、他にはどんなアニメのキャラクターを演じているかすら説明する事が出来る程度にも知っています。ところが先日久しぶりに観たところ、とある場面で胸を衝かれました。

それはキキが修行に出る事を決めた後の場面。翌週キャンプに行く予定で道具を借りてきたと言う父親を「ごめんなさーい」の一言で軽くいなし、自室で嬉々として旅支度をする主人公。その裏で父親がしていた行動を、私はこれまで殆ど意識した事はありませんでした。

「…ありがとう。じゃ、お待ちしてます」
指で受話器を置くスイッチを押すと、すぐさま別の相手にも電話をかけるキキの父。
「オキノです。今夜、キキが発つ事になりまして…」

そもそもキキの出立はラジオを聴いての思い付きでした。母親への旅立ちの日取りの報告は以下の通り。
「私、決めたの。今夜にするわね」
「だってあなた、昨夜はひと月延ばすって…」
「次の満月が晴れるかどうか分からないもの。私、晴れの日に出発したいの」
晴れの満月に出発したいという理由で、前日の自分の話を簡単に反故にするキキ。母親の困惑の裏には、キャンプの道具を借りに行った夫の労力が無駄になってしまう、という心配もあっただろうし、娘の出立の前に家族で思い出を作ろうと自身もキャンプを楽しみにしていたのに、それが出来なくなってしまうという落胆もあったのではないでしょうか。

父親の根回しのおかげでキキの旅立ちは沢山の人に見守られて行われました。キキの自宅周辺の木にくくりつけられた鈴は、キキの飛行技術の上達の為でしょう。薬の調合を習得できず、ほうきで飛ぶ事しか身に付けられなかったキキは、その飛ぶ事すらも不安定だった。それを自覚させる役割があの木に付けられた鈴にあったのだろうと思います。その音が聞こえなくなった、とキキの父親が言うのに合わせ、あの鈴の音もとうぶん聞けないなと残念がった中年男性は、キキの飛行練習を応援してくれていた一人だったのでしょう。
キキが13才になるまで彼女の魔女修行を応援してくれていた近所の大人たち。彼らの殆どはキキの父親からの電話連絡によって小さな魔女の旅立ちを知ったに違いありません。また集まってくれたキキの友人たちも、キキの父親が連絡をしていなければ出発を知らなかったのではないでしょうか。キキは自分の旅立ちの準備で精一杯で、自分から出発の連絡をしていたようには思えないのです。

根回し、と言うと若い方はどのような印象を持つのでしょうか。例えば会社で言うならば事前に話の流れを決めておいて、会議では確認作業だけという場面に出くわした時に、良い印象を持つでしょうか。それとも、根回しが済んでいるならば会議など茶番だと思うのでしょうか。
私はかつて、それを話し合うのが会議であって、水面下でもう話が進んでいるならば会議など不要ではないかと思っていました。しかし根回しが済んでいるかどうかで物事のスムーズさが異なる場面に直面すると、根回しの大切さが理解できるようになりました。子どもは思い付きで行動しますが、その行動が滞りなく進むのは、その裏で動いてくれていた誰かがいたからに他ありません。

インターネットで「魔女の宅急便」のエンディングテーマ曲「やさしさに包まれたなら」を検索すると、この曲は映画の為に作られた新曲ではなく、松任谷由実さんの過去のナンバーから映画のイメージに合った曲としてプロデューサーが起用したのだと書かれた記事がみつかりました。「魔女の宅急便」の、少女の成長をイメージして作られた曲ではなかったようですが、とても映画のテーマと合致していると私は思います。

  小さい頃は神さまがいて
  不思議に夢をかなえてくれた

小さい頃に物事が思い通りに進んだのは、「神さま」が叶えてくれていたから。
その「神さま」の正体に気付く事が、少女が大人になる証なのではないでしょうか。

キキのお届け物屋の最初のお客さんとなったファッションデザイナーのマキさんは、甥の誕生日プレゼント(黒猫のぬいぐるみと鳥かご)を届ける方法はきっと他にもあっただろうに、敢えてキキに依頼した。
どしゃ降りの中でいつまでもキキを待っていては風邪をひいてしまうだろうからと、トンボと一緒に店先に立つ事でトンボに早く帰るよう無言で促したおソノの夫。
そのおソノは、パーティーのドタキャンで仲がギクシャクしそうだったトンボとキキを取り持つべく、「コポリ氏」へのお届け物を、飛べなくなったキキに依頼した(「コポリ」はトンボの本名)。
キキたちは沢山のやさしさに包まれて成長していきます。しかし自分たちが沢山の大人たちの優しさで守られ、導かれていた事に、まだキキたちは気付いていないでしょう。

  きっと 目にうつる
  全てのことは
  メッセージ

全ての物事には意味がある。
目に見えない、裏の部分に隠されているメッセージに気付いた時に、人はきっと大人になるのかも知れません。


新型コロナウイルス対策で休校となり、学童も休みで長い春休みに暇をもて余した小学生が、幼稚園年長(新一年生)と未就園児(新年少)の子しかいない我が家を頻繁に訪れた2020年3月。
引っ越してきて半年程度の我が家は近所に知り合いが殆どおらず、遊びに来る子の誰がどの家の子だかは分かりません。我が子を遊びに誘えば未就園児が心配で私も出てくるので、彼らはそれで自分の親が仕事で不在の寂しさを埋めていたのだろうと思います(基本的に外遊びで、下の子と私がセットで鬼ごっこ等の鬼役をやらされた)。
靴を脱ぐ時は揃える、道路で遊ばない、よその家の車や壁にボールをぶつけない、お菓子の歩き食べはしない、などと細かく注意し続けた(居留守もけっこう使った)せいか遊びにくる回数は少しずつ減ってきましたが、それが近所のオバチャンとして私が出来る優しさなのだと彼らが気付く日が来る事を願って。

どれが正解?

2020年3月16日にEテレで放送されたミニアニメ「おちゃめなシモン」を視聴して、親としてどうすべきかモヤモヤしています。
その日の放送は「頭がかゆい!」という題名で、学校で遊んでいる最中にシモンのクラスメートのルーという子の頭がかゆくなってしまう、という物でした。この段階でシラミの話なのだろうなとピンと来た方もいらっしゃるかと思います。ルーの頭のかゆみは「かゆい虫」が原因でした。

「おちゃめなシモン」の「頭がかゆい!」の回のあらすじは以下の通り。
ルーとシモンは仲良しで、シモンが自分に優しくしてくれる事からルーはシモンを「一番の親友」と言ってくれ、シモンは喜びます。しかしルーは他の子にも「一番の親友」と言っており、ルーの親友が自分だけではない事に落胆するシモン。
ところがルーの頭にかゆい虫がいる事が発覚すると、ルーは他の子から敬遠されてしまいます。しかしシモンは虫など自分は気にしないと言い、以前と変わらない態度でルーと接し、「かいかい虫」を題材に楽しい遊びすら考案します。楽しそうなシモンとルーの様子にルーを避けていた子も遊びの輪に加わり、シモンはルーから「一番の親友はシモン」の言葉と頬へのキスを貰う。ついでにシモンは、かゆい虫もルーから貰ってしまうのでした。

作中に「シラミ」という言葉は登場しませんでしたが、十中八九「かゆい虫」とはアタマジラミの事でしょう。
シラミと言うと学校で白い粉末を振りかけられている戦後すぐあたりの子どもの写真を目にした事があり、それが白黒写真である事も相まって、「昔の感染症」という知識しか私にはありませんでした。ところが、つい数年前に日本の保育施設でシラミが流行している、というニュースをテレビで知り、現代でもシラミが残っている事に強い衝撃を受けました。それが脳裏に残っていた為「シモン」でルーという子が頭がかゆいと言い出した瞬間にシラミが原因なのだろうなと私は予想しました。

シラミは少し前の私にとって終戦の頃の感染症という印象でしたが、「1997年にはアタマジラミ駆除薬が約33万個出荷され(駆除薬1個は罹患者1人が1クールの治療に使用する量)」と下記のサイトにありました。

シラミ症
http://idsc.nih.go.jp/iasr/20/232/tpc232-j.html

また【シラミ 保育園】で検索すると2018年前後に公開された記事が検索結果上位に幾つも出てくる事から、未だシラミとの戦いは終わっていないようです。

シラミの駆除には目の細かい櫛で物理的に取り除くか、殺虫剤を含むシャンプーで洗髪するかするそうです。先日の「おちゃめなシモン」は、シモンが母親にシャンプーをして貰う場面で終幕となりました。
シモンはルーからキスを貰っただけでシラミがうつりました。シラミがこんなに簡単に感染してしまう物であれば、誰がうつしただとかを追及したり、シラミがいる子を仲間はずれにしたりする事はナンセンスなのだろうと思います。
自分がルーのように「かゆい虫」の保有者であれば、変わらず遊んでくれるシモンの対応はとても嬉しいと思います。しかし、親となった今ではシモンの行動は誉めるべきなのかどうなのかが分からなくなってしまいました。君子危うきに近寄らずと言いますから。

親の立場からすらば、シラミをうつされないようにルーを避けた子の行動は正しいように思います。また、ルーが孤立しないように以前と変わらない態度で接するシモンが我が子であれば、それはとても誇らしいとも思うのです。
今回はシャンプーで駆除できる程度の問題なのでシモンの行動は正しいのだろうと思います。しかし、これがもし一生ものの跡が残ったり、生命の危機もありえるような物であったならば話はまるで変わってくるのではないでしょうか。

何がどの程度の危険なのかを子どもに伝える事はとても難しいと思います。2017年に千葉県松戸市で起きた、通常なら信頼できる筈の学校の保護者会会長による9才女児殺害事件は極端な例だとしても、不審な人物も事件を起こすまでは、普通の人とどう違うのかは大人にだって分かりません。
何が危険で、何が危険ではないのかは、子どもはこれから様々な経験を経てその判断材料を獲得していくのだろうと思います。それを獲得するまでは、どうか子どもの身に危険な事など起こらないようにと祈るばかりです。

今回のシモンの軽率な行動は、シラミをうつされる程度の被害で済みました。変わらない態度で接し、ルーに悲しい思いをさせなかったという点は本当に素晴らしいと思います。それでも、狭量と言われようと、出来れば自分の子には何の被害もないように行動して欲しいと思ってしまうのです。
世界は今、新型コロナウイルスへの対策に追われています。子どもたちは退屈な日々を余儀なくされ、ストレスを感じているかも知れません。若者はコロナウイルスに罹患しても軽度で済むらしいと言われていますが、それでも、感染の可能性は少しでも低くしてあげたいし、我が子が自覚症状のないまま他の誰かにうつしてしまうような事のないようにしたいのです。

そう思うと、先日のシモンは、どう行動する方が良かったのか。
あの話を教訓に、私は我が子に危険予測をどのように教えるべきなのか。
私の中で、答えはまだ出せないでいます。

親になる、とは

子育ては己育て(自分育て)とも言います。その言葉は、育児を通して忍耐と寛容の心を学ぶという事かと私はずっと思ってきました。しかし上の子が小学生になる今、自分の思い違いに気付いたような気がします。
それは、子どもを通して、自分が親にされた事を追体験する事なのではないでしょうか。良い事も、そうでない事も。

新入学児童保護者説明会の後の物品販売の荷物の多さと行列に辟易したと帰省した時に私が母に話すと、それは高校まで続くから頑張りなさいと母は笑いました。私が高校入学の時に本屋に教科書を買いに一緒に行ったのは覚えていますが、そう言えば体操服はいつの間にか用意されていました。
また我が子の小学校では児童の保護者はPTAの委員会に必ず所属しなければならないらしく、それが面倒だと母にこぼすと、父や母は私や私のきょうだいの在学中の殆どでPTAの役員をしていたのだと教えてくれました。私の中学時代に父が進路対策委員会の委員長をしており、頻繁に父が校長室に出入りしていた事や私の卒業式に壇上で挨拶をした事は覚えていましたが、よもや母までが学校内でそのような活動をしていたとは、これまでまったく意識していませんでした。

私が子どもの頃には当たり前過ぎて気にもかけなかった様々な事柄が、アラフォーの今になってようやく、親が用意してくれていたのだと実感できるようになってきました。当たり前にあった、毎日の食事や清潔な衣類。それらは決して魔法で現れる訳ではなく、誰かが、今の私が我が子にするように、自分の時間を割いて準備してくれていたものだったです。
そう気付いてからは、今年は新型コロナウイルスの影響のせいか見かけませんが、この季節によくあるような「高校生の子どもから、最後の弁当への謝意」などというネットニュースを読む度に私は後悔の念にとらわれていました。弁当が用意される事は当たり前の事と思っていたので、私は母からの最後の弁当にも何のリアクションもしなかったからです。

上の子が小学生になる今、学用品への記名作業が目下、私の課題となっています。算数セットのおはじきへの記名は大変だと聞いていたのでシールを用意し、下の子が寝ている間にぺたぺた貼り付けていますが、私が小学生の頃に使ったそれらは母の手書きで記名されていました。細い棒の一つ一つにも私の名前が書かれており、二学年差の私のきょうだいにも新品が用意されていたので、お名前シールなんて便利な道具が無かった時代の事、こちらもきっと全て手書きだったのだろうと思います。
どんな思いで母はこの記名作業を行っていたのだろう。子どものお名前シールを貼りながら、母の手書きで書かれた自分の算数セットを思い返しました。

私は母の書く字が好きです。硬筆が得意な人のような綺麗さという訳ではありませんが、あたたかみのある字を母は書くのです。学校生活中、母が書いた私の名前を見る度に母を思い出し、私は何だか安心したものです。それに対し、私の字は上手とは言い難いものなので、子どもの学用品への記名の多くはシールとスタンプで済ませました。我が子が親になる頃には更に道具は進化して、私が貼ったシールすら郷愁に駆られるものとなるのでしょうか。それとも、同じようにお名前シールを貼りながら「母さんも手書きは面倒だと思ったんだろうな」と苦笑するのかも知れません。

親になってからの私は、自分がどのように育てられたのかを一つひとつ追体験してばかりです。学生だった頃に親に何一つ感謝して来なかった自身の親不孝さが胸に刺さりますが、その分、私は子どもに見返りは期待せず、親から貰った愛情を、我が子へ少しでもお裾分け出来ればなと思います。
子育ては、こうして少しずつ、私の心をまあるく育ててくれているような気がします。

壁ではなく

「小1の壁」という言葉を多くの方が見聞きした事があろうかと思います。共働き家庭の子どもが保育園を卒園して小学校に入学すると、一般的な学童保育では保育園時代よりも子どもを預かってくれる時間が短い為、親はこれまでのような働き方が難しくなる、というものです。
私も様々なメディアで見聞きしてきたので「小1の壁」は既に社会に定着した言葉かと思いますが、今度は「小4の壁」という見慣れない言葉をネットで発見しました。


「小4の壁」「9歳の壁」どうやって乗り越えた?先輩ママ135人に聞いてみました
https://kufura.jp/family/childcare/110160

高学年の仲間入りをする小学校4年生は、6年間の小学校生活の中で、親と子にとっての“節目”が重なる時期であるようです。

(中略)

小学校4年生は、“自分”と”あの子”の差が少しずつ明確に見えてくる年頃。客観的な物の見方が少しずつ身についてくる一方で、劣等感を抱きやすくなる時期ともいわれ、「9歳の壁」と表現されることがあります。

と同時に、学力の難易度があがり、勉強に追いつけなくなる「小4ビハインド」、学童に通い続けられなくなる「小4の壁」といった言葉もあります。

つまり、子どもが9歳~10歳の頃は、子どもの情緒面や親子関係において、変化が訪れやすい時期だと言えます。

思えば子育てとは「壁」の連続のような気がします。不妊治療をしていれば妊娠するまでが大きな壁になるでしょうし、夜泣きで苦労をしている人にとっては「ここを乗り越えれば楽になる」と周囲からどんなにアドバイスを受けても、いま目の前で直面している子どもの夜泣きは高くそびえる壁に思えるでしょう。
過ぎた人にとってはただの階段ですが、当事者にとってはそそりたつ壁にしか思えず、そして「○○の壁」という言葉が出てくると、それらがまだまだ先の身にとっては「目の前の壁を乗り越えても、まだまだ先に新しい壁が続くのか」と恐怖におののいてしまいそうになります。
子どもの保育園決定通知書が届くまで続く保活(ほかつ)、子どもに合ったランドセルを選ぶラン活(らんかつ)など「○○活」という言葉もどんどん誕生し、幼児がいる身の自分には、あとどれくらい壁と活動が控えているのかと辟易してしまいます。

我が家の上の子はこの四月に小学生になりますが、先日、上にもお子さんがいる子どもの同級生のママさん(子どもが同じ小学校に入学する)からは「小学校は強烈な保護者も出てくるよ」と脅されました。公立小学校には様々な保育園、幼稚園、こども園の子が集まるので家庭の事情も子育ての方針も様々な保護者が集う為、参観日の立ち位置やPTA活動などなかなか大変だと言うのです。
また壁…(あと立ち位置って何だろう)

我が子の幼稚園での役員決めは、専業主婦の中でも未就園児のいない、妊娠もしていない、介護もしていない人の中から選ばれる事が通例となっていました。上のお子さんたちを何年も通わせてからの末子の入園で役員を引き受ける方々は既に園の方針にも慣れているので、行事の運営は私から見ると、とてもスマートでした。
また我が子の園はパパさんの送迎率が私の予想よりも高かったせいもあるのか、特定のママさんだけで長く話し込むような姿も見かけませんでした。上の子の入園前にはママ友付き合いへの不安がありましたが、いざ飛び込んでみると少なくとも私から見た限りでは保護者間トラブルなど無縁なように思えました。
穏やかな流れの中にたゆたうような保護者の付き合いしか経験していない私にとって、子どもがこれから同じ小学校に入学する事になるママさんのその言葉に未知の恐怖を味わいました。ネットの話ではなく、子どもがこれから通う小学校の先輩ママさんの体験談なのですから。あと数週間後、果たしてどのような激流が私を待っているのでしょうか。

いま赤ちゃん育児一人目、という方にとって、小学生のママになる私は幾つもの「壁」を越えた猛者に見えるかも知れません。しかし私には「壁」を乗り越えたという自覚は無く、気が付いたらここまで来ていた、というだけの認識です。
これからも私にはまた新たな「壁」が出現するのだろうと思いますが、これまでと同じように、乗り越えた後で「もしかしてあれが『壁』だったのだろうか」と首を捻る事もあるかも知れません。

壁、という言葉の印象が強烈なだけで、結局のところ子育てとは階段をひとつひとつ登るだけなのではないかと思うのです。次の段差が現れる度にいちいち「○○の壁」などという名称をつけて未経験者の不安を煽る事は止めて頂きたいなと思います。
「壁」ではなく「ステップ」。可能な限り、私は次のステップも楽しんでいきたいです。




というか、ランドセルを買うだけで「ラン活」だなんて仰々しい…