xharukoの日記

妊娠、出産、育児の中で思った事をつれづれ書きます

キラキラとふわふわ

そのニュースの見出しを見た瞬間、あの日の高揚感を思い出しました。
下の子の幼稚園の初登園日、担任の先生に子どもを任せ、子どもに「行ってらっしゃい!」と手をふってからの、ふわふわとした感覚を。

今の私は何だって出来る。
ああああ、これから何をしよう!?

何でもと言っても所詮、髪を切りに行ったり、コンビニにふらりと立ち寄ったり、自分の好きなタイミングで掃除機をかけられるといった程度。しかも入園したてゆえ降園時間は11時なので、得られた自由時間は二時間だけです。
コロナ禍だったので送迎時には保護者もマスク着用は必須。なので私の顔の下半分はマスクで隠れていた筈なのに、「お母さん、すごく嬉しそうですね!」と上の子の時からお世話になっている園長先生に頬のゆるみを笑われるくらいに、自分だけで行動できる時間が出来た事に私は浮かれていました。

何しろここ数年間、私の行動は全て子どもありきだったのです。子どもの機嫌の良い間にこれをしなければ、昼寝の前にあれを済ませておかなければ…という風に、私のあらゆる行動は子どもを中心に組み立てられていました。妊娠中には独身友人から誘われた映画鑑賞を「何かあってはいけないから」と断った事もありますし、普段の買い物も、帰り道に子どもが抱っこをせがんで来た時の為に量を制限するなどをした事は少なくありません。
これまで上の子を幼稚園に登園させた後は、未就園児の下の子の興味のおもむくままに寄り道を余儀なくされながら帰路についていました。それがとうとう下の子の入園で、私は初めて一人きりで帰宅する事になったのです。
下の子の初登園日の帰路は自分のペースで最短ルートを歩ける事に道中感激し、帰宅した際に時計を見て、こんな時間に帰って来れたと胸が踊ったものです。

だからこそ、
「赤ちゃんいると夢かなわない」
この見出しに鼻の奥が痛みました。


「赤ちゃんいると夢かなわない」 元女子大生 遺棄後も就活続ける
https://www.fnn.jp/articles/-/102888

兵庫・神戸市の北井小由里容疑者(23)は、女子大生として就職活動中の2019年11月、産んだばかりの自分の赤ちゃんの遺体を東京・港区東新橋の公園に埋めた疑いが持たれている。

その後の調べで、北井容疑者は動機について「赤ちゃんがいると、わたしの夢がかなわないと思った」などと話していることが新たにわかった。

結婚して、全力で母親になる為に退職し、その年度中に上の子を妊娠。一般的なきょうだいの年齢差として、二歳差あたりで次の子を授かるべく妊活を進めるも、次の子は上の子とは三学年差で出産。母親になる為に捨てたキャリアを考えると胸がチクリと痛みますが、それでも私は今の自分に満足している。
上の子を幼稚園に登園させてからは、昼間は下の子に付きっきり。幼稚園児は昼過ぎには降園となるので下の子を連れて迎えに行って、夫が帰宅するまでを3人で過ごす。どこへ行くのにも子どもが一緒、そんな生活に不満はない。何しろ「母親」とはそういうもので、私はそうする為にキャリアを捨てたのだから。
子どもがいれば、それこそが「幸せ」で、母親自身が自分の為にあれをしたい、これをしたいなどとは願ってはならない。そう覚悟して私は母親になりました。
しかし、滅私の覚悟をして母親になったにも関わらず、それでも下の子どもが幼稚園に入園した時には、自分の自由な時間が持てるようになった事にあれほどの解放感を味わったのです。
だからこそ、この女子大生が自身の妊娠に気が付いた時の絶望がどれ程のものだったのかと、あの日の高揚した自分と対極にいたであろう彼女の事を思うと、やるせない気持ちになってしまいます。

「赤ちゃんいると夢かなわない」

私は、いくつの夢(やりたい事)を捨てたのだろう。
私自身も実はかなりの我慢をしていたのだとの事実を突き付けられ、幸せだと、自分に嘘をついていた事実を認めざるを得ませんでした。

母親になると諦めなければならない事がいくつも出てきます。上の子の妊娠後期に美容院に行った私が次に髪を切りに行けたのは、およそ二年後、夫が子どもと二人で留守番が出来るようになってからで、行ったのは30分もかからないで終わる1000円カットの店でした。行きたいと思った場所も、でも子どもを連れていく労力をかけてまで行きたいかと自問すると、さほどでも無くなり、独身の頃と比べると、小さな我慢や諦めはとても多くなりました。
今は、小さい子どもがいる母親もお洒落をしてどんどん輝けと様々な特集を目にしますが、所詮キラキラ出来るのはごく一部の人だけ、あるいは短期間だけだと私は既に諦めてしまっています。自分の何かを買うよりは、子どもが喜ぶお菓子や玩具を買いたい。その気持ちに嘘は無いつもりですが、予算にあまり余裕が無いので、単純に、自分の事はどうしても我慢して後回しにしなければならないだけなのです。
でも本当にそれを納得していたかと問われると、自分に嘘をついて誤魔化していただけなのだとの事実を、否応がなく受け入れるしかなくなるのです。

事件は新卒での就職活動中で起きた事のようです。新卒というカードは人生で一度きりの切札。私もかつて、リクナビマイナビといった就活サイトのお世話になりました。未経験であらゆる職種、企業に挑戦できる「新卒」という立場は本当に魅力的です。
テレビドラマに出てくるような憧れの職種、誰もが知っているような有名企業で働く自分。新卒での就職活動とは、頑張りさえすれば、どんな夢だって叶えられると信じている頃だろうと思います。うまくいくだろうかと少しの不安を抱えながら、しかし期待でキラキラしながらリクルートスーツも選んだのではないでしょうか。

私が会社勤めをしていた頃、新卒で入社した社員の中に、内定が出た後に学生結婚をしたらしく、子どもも産まれていた男性がいました。男性は他の同期よりは少し多い入社書類(妻と子の分の住民票など)を提出した程度で、普通に入社し、普通に新人研修に参加し、妻と子ども分の家族手当ても支給されながら、普通に働きました。妻の事はこちらの会社にとっては普通に「社員の配偶者」という扱いとなっただけです。男性と同級生だったらしい彼女がそもそも就職活動をしていたのかどうかは私には分かりませんが、男性社員は、他の独身新入社員と給与以外の面では何ら変わり無く働いていたようでした。
これが、女性側が内定者だった場合にはどうなっていたのでしょうか。入社前に出産したとしても、産休育休が必要になったかも知れません。
育児休業とは子を養育する労働者が法律に基づいて取得できる休業の事ですが、申請が認められない場合もあります。それが、

当該事業主に引き続き雇用された期間が一年に満たない労働者

育児休業申し出があった日から起算して、一年以内に雇用関係が終了することが明らかな労働者

一週間の所定労働日数が2日以下の労働者

だと、施行規則第7条にて定められているそうです。

つまり入社もしていない、ただの内定者では、育児休業は申請できないのです。成人していれば学生同士でも結婚は出来るだろうと思いますが、学費を親が出していたのであれば、親の許可が無ければ結婚は認めてもらえないでしょう。しかし親が学生結婚を認め、既に妊娠もしていれば、赤ちゃんの養育に親(赤ちゃんからすれば祖父母)が深く関わる事になるかと思います。
産後6週間は産婦本人が希望しても働かせてはならない決まりですが、2月中旬までに出産を終え、赤ちゃんの養育を自分たちの親に全て任せれば、4月には女性も新入社員として入社し、働けるのかも知れません。しかし、このような女性を新卒として受け入れる企業はあるのでしょうか。
新卒新入社員には教えなければならない事が山ほどあるので、企業側としては「無理がきく」人材である事が望ましいのではないかと思います。私が所属していた会社では新卒新入社員には入社前に一週間の泊まり込み研修がありました。朝から夜までの研修は、健康状態が良好な者であっても心身ともに疲れるものでした。
仮に2月に出産を終えて4月に入社した場合、産後二ヶ月では悪露(おろ、産後の子宮からの出血)も治まりきっておらず、乳房には母乳がどんどん貯まりギンギンに腫れるので、赤ちゃんと離れていれば頻繁に搾乳しなければ痛くてたまらず、まともに講義を受けていられないのではないかと思います。緩んだ骨盤が回復していないので長時間の立ち姿勢は辛く、帝王切開での出産であれば腹部の痛みも相当なものではないかと思うのです。
そんな人材を企業が新卒として雇うとは私には思えません。無事に単位が取得できて学校を卒業してきたとしても企業は家族構成に虚偽があったとして内定辞退を促すかも知れませんし、もしその年度に卒業出来なければ、当該年度卒業見込みの者としての就活は虚偽となり、内定取り消しとなるでしょう。入社したとしても最初の数ヵ月は試用期間だったりするので、試用期間で雇用契約満了とされる可能性もあるのではないでしょうか。
出産してから既に半年以上が経過し、子どもを保育園に入園させたり、親(赤ちゃんからすれば祖父母)が養育していたりしていたとしても、小さな子どもがいる母親を、独身の女性たちと同じ業務には着かせられないと、時には善意から、扱いが変わる事もあるのではないかと思います。入社して数年が経過している社員であってもマミートラック問題が出てくる社会では、バリバリ働く事を期待されての新卒でありながら既に子持ちの女性など、入社すら認められないのではないでしょうか。
男性が内定者のうちに子どもが産まれても扱いは殆ど変わらないのに対し、女性が内定者のうちに出産したならば、扱いが変わるだろう事は想像に難くありません。そもそも妊娠している女子学生に正社員の内定を出す企業があるとも思えません。それは、子どもは企業にとってリスクに思えるからです。子どもを理由に他の社員と同じように働けない人材は、企業にとって荷物でしかないのではないでしょうか。
家事育児は女性がするもの、という常識の社会において、男性は父親になっても生活が変わる事が少ない一方、女性が母親になるという事は、とてつもない重荷を背負う事になるのです。幼児のいる男性が飲み会に出るのに特に何も言われないのに対して、子どもがいる女性が飲み会に参加すると「子どもはどうしたのか?」と問われる例などは、容易に想像できるかと思います。
その重さは、覚悟の上で背負い、収入を夫任せにしていられる私ですら、二時間、幼稚園の先生に任せられる事になっただけで舞い上がる程なのです。仕事を持っている女性にはそれよりも重く感じられ、収入が無い未婚の、新卒就活中の女性には抱えきれなくなっても仕方がないのではないでしょうか。

新卒で入社できなくとも、25才あたりの若いうちであれば第二新卒という扱いを受けられる事もあるでしょう。しかし、それは独身・子無しである事が前提なのだろうと思います。40代までの女性の入社希望者が既婚者であれば、いつ産休育休を申請してくるか分からないリスクを企業は負います。子どもがいれば、それなりの配慮が社会通念上、求められると企業側は考える為、特に女性は願った職種には雇用がされにくくなるように私には思えるのです。
新卒で入社出来なければ、雇用される機会が二度と得られない職種や企業はあると思います。今回報道された事件は、新卒一括採用に重きを置く雇用慣行の弊害、産休育休を申請する従業員をリスクと考える企業の風潮、または自らをそのように(誤)判断してしまう社会土壌の影響、性教育の不十分さから招いた事態、母親が家事育児をする事が普通と考える社会常識、いずれもが絡み合って起きたものなのだろうと思います。

別の報道によると、彼女が産婦人科を初めて受診した時には、既に妊娠22週を過ぎており、人工妊娠中絶は認められない状態だったそうです。もはや産むしかなかった状況で頼りにすべき、子どもの父親にも自分の親にも相談できなかった彼女の孤独を思うと、彼女だけを責める気には私はなれません。ただただ、あの日、二時間の自由時間を得てふわふわ舞い上がった自分が申し訳なくなります。

子どもがいて窮屈を感じる事があっても、子どもがいたからこその幸せもまた、間違いなくあるのです。彼女が誰かを頼れていたならば、得られる幸せもあったのだろうになと思うと、誰を責めたらよいのかも分からず、気持ちが乱れます。